広島地方裁判所 昭和29年(行)13号 判決 1955年7月25日
原告 田中義一
被告 広島郵政局長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、請求の趣旨並にこれに対する答弁
原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和二十九年二月二十日附でなした停職五日の懲戒処分はこれを取消す。」との判決を求め、
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた。
二、請求原因
原告訴訟代理人が請求原因として述べた要旨は次のとおりである。
第一、原告は広島市広島駅前郵便局に勤務する郵政事務官であつて、全逓信従業員組合(以下単に全逓組合と称する)の広島駅前郵便局支部(以下単に駅前支部と称する)の支部長である。
第二、昭和二十八年十一月頃から全逓組合と郵政省との間に公共企業体等仲裁委員会(以下単に仲裁委員会と称する)が同年十月二十七日なした同年八月以降の全逓信従業員の基本給(本俸、扶養手当、勤務地手当を含む)を月額一万四千二百円に改訂する旨の裁定の実施をめぐつて紛争を続け、遂に全逓組合は休暇戦術を採用することとなつたが、右戦術を実施すると郵便業務が渋滞を来し一般大衆に不測の損害を及ぼすことを懸念し予め大衆に右戦術を予告すると共に組合の要求の正当な所以を認識させるため世論喚起運動を展開すべく傘下組合に指令を発した。
第三、原告は右指令につき駅前郵便局組合員と協議の上同年十一月二十五日頃、当時既に郵便料金改正のため料額印面を通信日附印で消印し往信部と返信部を切り離し官製はがきとしての流通力を失い消耗品となつていた四円往復はがきの用紙を利用し、その裏面に「休暇戦術を実施するについての訴え」と題し原告名義で「組合はかねてから一万八千円ベースの賃上を要求して来たが仲裁委員会は『予算上からみても二十八年八月より一万四千二百円ベースが妥当である』と裁定したが政府はこれさえも無視しているので組合はやむなく法律によつて許された斗争をする。そのために十一月二十七日以降郵便事務が遅れるがその責任は政府にある。」旨を印刷し、表面に名宛人の住所氏名を記載した文書(以下単に本件文書と称する)多数枚を料金を納付しないで組合員を通じて管内の大口利用者に配布した。
第四、ところが被告は原告に対し昭和二十九年二月二日附で原告が本件文書を法定の料金を納付しないで配布させたのは不法に郵便に関する料金を免れた非行であるとの理由を以て停職五日の懲戒処分に付する旨の通知をして来た。
第五、しかし右懲戒処分には次のような違法がある。
(一) 不当労働行為の主張
原告が本件文書を配布したのは全逓組合の指令に従い支部長として執つた当然の責務であつてもとより正当な組合活動であるのに拘らず、被告が右所為を把えて原告を懲戒処分に付したのはその実原告の組合活動を弾圧しようとする底意に出たものであつて、原告が正当な組合活動をなしたことを理由に不利益な取扱をなしたもので不当労働行為と謂わねばならない。
(二) 懲戒権濫用の主張
仮に不当労働行為でないとしても、仲裁委員会が設置されたのは公共企業体等の職員に争議行為を禁止したことの代償という趣旨に基くものであるから、同委員会のなした裁定は充分尊重さるべきで、右裁定に対しては当事者双方とも最終的決定として服従しなければならない。然るに郵政省はこれに服従しないでおきながら、他方において右裁定の実施を要求する原告を懲戒処分に付することは被告に与えられた懲戒権の濫用である。
三、被告の答弁及び主張
(一) 原告主張第一乃至第四の事実は認めるが第五の事実は争う。
(二) 被告は以下述べるような非行によつて原告を懲戒処分に付したのであつて不当労働行為又は懲戒権の濫用などと謂わるべき筋合ではない。
(イ) 上司の命令に従う義務違反
原告が配布した本件文書約百五十枚は広島郵政局所管部長から各郵便局長に宛てた昭和二十七年四月十一日附郵業局第三三六号「二円通常郵便はがき等の売さばき中止について」と題する通達によつて官製はがきとしての流通力を失い、職員の技能検定試験用並郵便競技用擬信紙として使用する他他の用途に使用することを禁止されていたものであるから、原告が右通達に反しこれを部外者との通信用に使用したことは国家公務員法第九十八条第一項後段所定の上司の命令に従う義務に違反し同法第八十二条第二号に該る。
(ロ) 職務に専念する義務違反
原告は本件文書を配布するため、昭和二十八年十一月二十四日午前中約四十枚に宛名人の住所氏名を記載して道順組立台に持参して差出し、翌二十五日配達担当者から大口利用者の氏名を記載したメモを提出させ、訴外大藤小一に依頼して右メモによつて約百枚に氏名住所を記載させたがこれらは何れも勤務時間内になされたものであるから国家公務員法第百一条第一項前段所定の職務に専念する義務に違反し同法第八十二条第一号に該る。
(ハ) 法令に従う義務違反及び信用を失墜する行為―郵便法違反
本件文書を部外者との通信用に使用すること自体(イ)で述べたように不当であるが、苟もこれを右用途に使用するからには私製はがきとして所定の料金を納付しなければならない。本件文書は郵便規則第十三条の二に規定する私製はがきの規格に合致し、これに郵便法第二十二条第四項に掲記する差出人並受取人の住所氏名と郵便規則第十五条の制限に従う特定人に宛てた通信文を記載し正規の配達機関を通じて配達させたものであるから同法第二十二条第一項所定の通常はがきと看做すべく、従つてこれを差出すときは同条第二項所定の五円の料金を納付しなければならない。然るに原告は料金を全然納付しないで本件文書を差出し配達させたのであるから、右所為は郵便法第八十三条の郵便に関する料金を不法に免れた罪に該当し(一)国家公務員法第九十八条第一項前段所定の法令に従う義務に違反し同法第八十二条第一号に該ると共に(二)同法第九十九条所定の信用を失墜する行為に該り同法第八十二条第三号に該当する。原告において本件文書が郵便はがきであることを知らなかつたとしても右は刑罰法令の錯誤であるから犯意を阻却しない。
四、被告の主張に対する原告の反ばく
被告主張の懲戒事由(イ)に対し被告の謂う通達は上司の命令とは謂えない。のみならず原告が本件文書を使用したことが右通達に違背するとの点は処分理由書に掲記されていないから本訴でこれを主張することは許されない。(ロ)に対し原告は職務に専念する義務に違反した事実はない。(ハ)に対し本件文書は前叙のとおり既に官製はがきとしての流通力を失い消耗品となつたもので、原告はこれをビラ代りに使用したに過ぎず本件文書が正規の郵便はがきとして料金を納付すべきものであるとは全然知らなかつたから郵便法第八十三条の犯意がなかつたのである。
五、証拠<省略>
理由
第一、原告主張第一乃至第四の事実は当事者間に争がない。そこで本件懲戒処分が適法であるか否かについて判断をする。
第二、被告の主張する懲戒事由
(イ) 上司の命令に従う義務違反
被告は本件文書約百五十枚に使用された用紙は広島郵政局所管部長から各郵便局長宛昭和二十七年四月十一日附郵業局第三三六号「二円通常郵便はがき等の売さばき中止について」と題する通達によつて、官製はがきとしての流通力を失い職員の技能検定試験用及び郵便競技用擬信紙として使用する他は他の用途に使用することを禁止されていた往復はがきであるから、原告がこれを部外者との通信用に使用したことは国家公務員法第九十八条第一項後段所定の上司の命令に従う義務に違反し、同法第八十二条第二号に該ると主張するところ原告は前記通達が発せられたことは明かに争わないのでこれを自白したものと看做す。公務員法第九十八条第一項後段は「職員は、その職務を遂行するについて……上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と規定し「職務を遂行する」とは当該職員の本来固有の職務を遂行すること原告について言うと郵政事務官としての職制上の本来の職務を遂行する場合を指称するものと解すべきところ、原告が前記往復はがきを使用して本件文書を配布したのは後記第三の(イ)に説示したとおり駅前支部の体暇戦術を実施するための準備行為として為されたもので原告の郵政事務官としての本来の職務ではないから、その余の点につき判断するまでもなく被告の主張は排斥を免れない。
(ロ) 職務に専念する義務違反
被告は原告が本件文書を配布するため昭和二十八年十一月二十四日午前中約四十枚に宛名人の住所氏名を記載し道順組立台に持参して差出し、翌二十五日配達担当者に大口利用者の氏名を記載したメモを差出させ、訴外大藤小一に依頼して右メモに基き約百枚に宛名人の住所氏名を記載させたが、右は勤務時間内になされたものであるから国家公務員法第百一条第一項前段所定の職務に専念する義務に違反し同法第八十二条第一号に該る、と主張するので考えると、原本の存在並に成立に争のない乙第二十号証、乙第二十一号証、乙第二十五乃至第三十号証を綜合すると、原告が本件文書を配布するため二十四日午後組合事務室で約四十枚に宛名人の住所氏名を記載したこと、翌二十五日午前八時頃これを道順組立台に持参して差出したこと、同日午前中配達担当者に対し大口利用者の氏名等を記載したメモを差出すよう依頼したこと及び訴外大藤小一に依頼して右メモによつて約百枚に宛名人の住所氏名を記載させたことを認めるができるが、原告及び大藤小一の右記載行為が勤務時間中になされたと認めるに足る充分な証拠がない。しかも仮に右に列挙した原告の諸行為が勤務時間内になされたとしても、前記認定のような経緯によつて原告が組合支部長という立場で本件文書を配布するためその準備に必要な限度で一時勤務時間の僅少な時間を利用したり自席を離れるようなことは、その所要時間及び回数等が勤務能率の低下を招来するような特段の事情の認められない本件においては、社会通念上黙認しても格別の不都合はないし、敢てこれを職務に専念する義務に違背したものとして非難することは酷であると謂わねばならない。この点被告の主張は採用できない。
(ハ) 法令に従う義務違反並に信用失墜行為―郵便法違反
被告は、原告が使用した本件文書は関係郵便法令の解釈上郵便法第二十二条第一項所定の通常はがきと看做すべきものであるから、原告がこれを同条第二項所定の五円の料金を納付しないで配達させたのは同法第八十三条の不法に郵便に関する料金を免れた罪に依り、(一)国家公務員法第九十八条第一項前段所定の法令に従う義務に違反し同法第八十二条第一号に該ると共に(二)同法第九十九条所定の信用を失墜する行為に該り同法第八十二条第三号に該る、と主張するので以下判断する。
(一) 法令に従う義務違反
国家公務員法第九十八条第一項前段は「職員はその職務を遂行するについて法令に……従わなければならない」と規定しているところ、原告の本件文書の配布行為は第三の(イ)において述べたと同一理由によつて「職務を遂行する」場合に該らないから、郵便法違反の点について判断するまでもなくこの点の被告主張は排斥を免れない。
(二) 信用を失墜する行為
(a) 郵便法第八十三条の罪の成否
(イ) 本件文書は郵便物であるか
本件文書が郵便料金改正のため料額印面を通信日附印で消印し往信部と返信部を切り離し官製はがきとしての流通力を失い消耗品となつていた四円往復はがきであることは当事者間に争がない。従つて官製はがきとしての流通力は論ずる余地がないが、本件文書が郵便法第十七条第一項第一号、第二十二条第三項但書、郵便規則第十三条の二所定の私製はがきの規格様式に合致することは、原告がその表示の住所氏名の者に宛て配達させた物件の写真であること当事者間に争のない乙第一号証の一、二、乙第二乃至第十一号証及び前段争ない事実に照し明らかであつて、右文書には郵便法第二十二条第四項により差出人及び受取人の住所氏名及び通信文を記載してあることは当事者間に争のないところであるから、本件文書は郵便物であること明らかである。
(ロ) 料金納付義務があるか
本件文書が郵便物であることは前段認定のとおりであるからこれを郵便差出箱又は郵便局に差出す時は現金納付又は受取人払等の特殊取扱にしない限り五円の郵便切手を貼付すべき義務が発生することは、郵便法第二十二条第二項、第三十二条、郵便規則第四十二条第一項、第六十四条等の規定上明かである。尤も原告は前記認定のとおり本件文書を右正規の差出方法によらないで直接道順組立台に差出しているが、これは偶々原告が部内者であるためこのような変則的な差出方法をとつたに過ぎず、このため本件文書が郵便物でなくなつたり料金納付義務が左右されるものではない。
(ハ) 郵便法第八十三条の犯罪が成立するか
原告が本件文書を道順組立台に差出したとき料金納付義務が生じたことは前段説示により明かであるところ、原告が料金を少しも納付しなかつたことは当事者間に争がないから、原告は同条に所謂「不法に郵便に関する料金を免かれた」ものと謂わなければならない。
尤も原告は本件文書が郵便はがきであり料金納付の義務があることの認識がなかつた従つて犯意がない旨弁疏するが原告が本件文書が郵便はがきではないと信じていたとしても右は刑罰法令の錯誤であつて犯意を阻却しない。その他原告の責任又は違法性を阻却するような事情は認められないから原告の所為は郵便法第八十三条第二項の罪に該るものと解せざるを得ない。
(b) 信用を失墜する行為
原告が郵政事務官でありながら郵政法第八十三条に該る非行をなした以上国家公務員法第九十九条に所謂「官職の信用を傷つけ」たものとして非難さるべきは多言を須いないところである。
第三、原告は、本件懲戒処分は不当労働行為にあたり、且つ懲戒権の濫用であるから違法である、と主張するのでこの点について判断する。
(イ) 不当労働行為の主張
原告は原告が本件文書を配布したのは全逓組合の指令に則り支部長としてなした当然の責務であつて組合の正当な行為であるから被告がこれを把えて原告を懲戒処分に付したのはその実原告の組合活動を封殺しようとする底意に出た不当労働行為であると主張するので、原告が本件文書を配布した目的経緯について考えると、原本の存在並成立に争のない甲第二号証、乙第十九号証、乙第四十号証、証人筑地満の証言並原告本人訊問の結果及び前記争ない事実を綜合すると、昭和二十八年十一月頃から全逓組合と郵政省との間に仲裁委員会が同年十月二十七日なした同年八月以降の全逓従業員の基本給(本俸、扶養手当、勤務地手当を含む)を月額一万四千二百円に改訂する旨の裁定の実施をめぐつて紛争を重ねたが、容易に妥結に至らず、遂に全逓組合中央斗争委員会は同年十一月二十三日附斗争指令第四号を以て、同月二十七日から三十日まで二割体暇を、十二月一日から同月三日まで三割休暇を実施すること及び新聞ラジオ等を利用して世論喚起運動を展開すべきこと等を内容とする斗争指令を発したこと、右指令を受取つた原告は職場委員会並斗争委員会を招集して該指令について協議の結果、若し組合が休暇戦術に突入すると郵便業務に重大な支障を来し、殊に管内の広島市銀山町山口町附近の商社等に不測の損害を及ぼすことを懸念し、右戦術を予め大衆に予告すると共に組合側の要求の正当な所以を大衆に訴えるため文書を配布することに決定し、その実行方を組合執行部に一任されたので、原告は本件文書を作成配布するに至つた事実を認めることができる。してみれば本件文書の配布は組合側が実施しようとする休暇戦術のための準備行為と解せられるところ、公労法第十七条によると公共企業等の組合は同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることを禁止されているのであつて、本件休暇戦術のような組合の統一的団体行動としての実力行使は郵政業務の正常な運営を阻害することになるので、たとえそれが仲裁委員会の裁定実施を要求することを目的とする場合でも、許されないものと解するのが相当であるから、違法な休暇戦術の準備行為としてなされた本件文書の配布も亦正当な組合活動と言うことができない。しかもその行為は前記認定のとおり郵便法違反にあたる行為であるから組合活動の方法としても違法である。従つて原告の本件文書の配布が正当な組合活動であることを前提とする不当労働行為の主張は採用できない。
(ロ) 懲戒権濫用の主張
原告は仲裁委員会が設置されたのは公共企業体等の職員から争議権を剥奪したことの代償として認められたものであつて、その裁定に対しては当事者双方とも最終的決定としてこれに服従しなければならない。然るに郵政省側はこれに服しないでおきながら右裁定の実施を要求する原告を懲戒処分に付するのは被告に与えられた懲戒権の濫用であると主張する。成程仲裁委員会設置の趣旨並に裁定の効力等は原告主張のとおりであるけれども公労法第三十五条但書によると公共企業体等の予算上又は資金上資金の支出が不可能である場合には予算措置がなされるまで裁定によつて定められた資金を支出することはできないのであつて、裁定通り直に資金を支出しなければならないものではないから、被告が即時右裁定に服さない侭原告を懲戒に付したことのみを以て懲戒権の濫用と言うことはできない。
第四、結論
原告に前記のような官職の信用を傷つける行為があつた以上公務員法第八十二条第三号に所謂「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」として同条所定の免職、停職(人事院規則一二―〇第二条によれば停職の期間は一日以上一年以下と定められている)減給又は戒告の懲戒処分を受けることも一応止むを得ないところであるが、前叙諸般の事情を綜合すると被告が原告を停職五日の懲戒処分に付したのは被告に与えられた裁量権を著しく逸脱した違法があるとは考えられない。
以上説示によつて明らかなとおり被告のなした本件懲戒処分は適法であつて、これが取消を求める原告の請求は理由がないからこれを棄却しなければならない。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮田信夫 竹村寿 幸野国夫)